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社会の可能性を広げるデザイン思考


モノ・コト作りにおけるデザイン思考の概要

デザイン思考とは?

 デザイン思考は、プロダクトやサービス開発において、ユーザーエクスペリエンス(以下、UX)を中心に捉え、それらの設計プロセスを効果的に進めるための方法論として、様々な企業で活用されています。
 デザイン思考のプロセスでは、ユーザーの問題や課題を理解し、それに合わせてプロダクトやサービスを設計・開発していくことが重要視されています。これは次の2つのデザイン思考の特徴で表されます。

特徴①:ユーザーセントリック
 実際にプロダクトやサービスを使うユーザーの視点を重要視し、彼らの問題や課題を解決するための設計を行います。ユーザーにとって価値のあるプロダクトやサービスを作るための重要な価値観です。

特徴②:反復的なプロセス
 アイデアを素早く検証することを重視し、プロトタイプとユーザーテストを繰り返します。ユーザーにプロトタイプを使ってもらいテストすることで、問題定義で仮説立てした、ユーザーが抱えている解決すべき問題や課題が本当にあるのか、それらを解決するための価値をプロダクトやサービスが提供できているかを素早く確認し、修正をしていくことができます。

デザイン思考の標準プロセスとそれぞれの目的

期待と課題

■ 期待
『UXの向上』
 ユーザーセントリックな設計により、ユーザーの期待に応える(正しくユーザーのニーズを満たす)プロダクトやサービスを提供できるようになり、購買や顧客満足度向上につながります。

『リスクを取りやすくなる』
 デザイン思考では、アイデアを少しずつ、素早く検証することを重視しています。そのため、プロトタイプフェーズで作るプロダクトやサービスは、検証に必要な機能のみを備えたもので十分であり、仮説が間違えていたとしても、開発コストを抑え、早期に軌道修正することができます。

『チームワークの強化』
 ユーザー・顧客への共感をチームメンバー全員で行うことで、多様なメンバー間であっても、共通の思考の軸でもってコミュニケーションを取ることができ、多角的な視点でのアイデア検討を進めることができます。

『イノベーションの促進』
 リスクを恐れすぎることなく、多角的な視点からのアイデアを素早く検証することができることで、ユーザーに使ってもらえる、「そんな、まさか」なアイデアを生み出しやすくなります。

■ 課題
リビングラボ*のような、積極的にユーザーが開発に関われる場や仕組みを作る』
 デザイン思考では、プロトタイプとユーザーテストを繰り返していく反復的なプロセスを前提としているため、ユーザーとの継続的なコミュニケーションを必要とします。
 リビングラボのように、積極的にユーザーが開発に関われる場や仕組みを作ることで、上記の問題解決に加え、企業にとって、解決に挑戦すべき問題を発見するきっかけにもなると考えます。
*リビングラボ:ユーザーである生活者が主体となり、自らの生活の利便性向上等について、直接関与する形でプロダクトやサービスを開発していく場や仕組み・活動

『プロジェクトマネジメントだけでなく、プロダクトマネジメント手法を適応する』
 反復的なプロセスにより、少しずつ、開発の良し悪しを確認しながら進められる利点がある一方で、開発のゴールを明確にし辛く、プロセスを回し続ける期間も不明瞭になる場合があります。
 そのため、目標達成に向け、一定のスコープや予算を持って取り組むプロジェクトマネジメントではなく、プロダクトのライフサイクル全体を通じて、企画・開発等を進めるプロダクトマネジメントを適応することで、ゴールの軌道修正を前提とし、プロセスを回し続け易くなると考えます。

デザイン思考がもたらす未来像

 デザイン思考が世の中に広く、深く浸透することで、より利便性が高く、多様な世の中になっていくと考えます。
 ユーザー個人が、プロダクト・サービスの開発時からユーザーテスト等を通じて、開発者の一人のような形で開発に関わることで、自分の意見を反映することができるようになり、その結果、一人ひとりが使いやすく、本当に望むプロダクト・サービスが世の中に増えていくと考えています。またそれらのアイデアがニッチで前例の無いものであったとしても、小さな検証を通じて、世の中に届けられるようになることで、様々な社会の可能性が広がっていくと思います。

活用事例:Googleにおけるデザイン思考

 デザイン思考を、イノベーション促進のために必要なアプローチとして、全社で活用しているのがGoogleです。
 Googleでは、組織全体で問題や課題へのアプローチにデザイン思考を採用しています。人事部のようなプロダクト開発に直接関わらないような部門であっても、人事異動時の体験や求人応募者とのコミュニケーションなどを対象に、デザイン思考を活用しています。
 加えて、デザイン思考をより効果的・効率的に進めるために、複数の視点を取り入れることを推奨しています。例えば、異なるバックグラウンドを持つメンバーをチームに入れることで、多様な視点からプロダクトやサービスの設計に取り組むことができ、より多角的な解決策やアイデアを生み出しやすい環境になります。
 さらに、上記のようなデザイン思考を推進するラボ組織「CSI:Lab」を運営し、継続的に改善が行われるような仕組みを構築しています。このCSI:Labは、イノベーションにつながるプロダクト開発を目的としているのではなく、イノベーションを生み出す人を育てることを目的としており、全社員教育のプログラムとして活用されるなど、組織全体でのデザイン思考活用をリードする組織になっています。
 また、デザイン思考をプロダクト開発でより活用するための方法として、デザインスプリントといったフレームワークを開発するなど、デザイン思考そのものに対しても改善を行っています。
参考URL:イノベーション - re:Work

TOPPANグループにおけるデザイン思考の活用事例:TOPPAN DIGITAL LAB

ラボの紹介とその特徴

 TOPPANデジタル(株)技術戦略センターでは、「TOPPAN DIGITAL LAB(以下、ラボ)」として、デザイン思考を活動の軸とし、センターで作成した「テクノロジー・ロードマップ」に記載の「未来の社会」や「社員の創意・熱意に基づくアイデア」などの実現に向けた実験環境・チームを整備しています。

■ ラボのMissionとVision
Mission:「思いついたアイデアを素早く具現化し、未来の事業に繋がるタネを生み出し続ける」
 思いついたアイデアに対し、仮説・プロトタイピング・検証のサイクルを素早く実行し、アイデアを具現化していくことで、未来の事業のタネを生み出し続けていくことをチームのミッションとして掲げています。
Vision:「ありたい未来を私達の手でデザインする」
 ラボに集う私達一人ひとりの想いや熱意、興味を基に、「ありたい未来社会」を想起するだけでなく、私達自身の手でデザイン(設計、実装)していく。この活動を、TOPPANグループだけでなく、社会の中で持続的に実施していくことをチームのビジョンとして掲げています。

■ ラボの特徴
仮説となるアイデアを考えるだけでなく、各種デジタル機器・ガジェットやレーザーカッター、3Dプリンターをはじめとした工作機器を社内に整備し、自ら手を動かし、プロトタイピングおよび、検証まで一気通貫で実施できます。
社員自身の技術的な興味・関心事のみでも、手を動かし、プロトタイプを作ることをチームの活動の一環として許可しています。
ラボはボトムアップでデザインされているチーム・環境であり、ラボに所属するメンバー自身が、ラボを一つのプロダクト・サービスと捉え、デザイン思考を活用し、チーム運営や環境、仕事の進め方改善に取組んでいます。

TOPPAN DIGITAL LABの活動拠点

現状の取り組み

 現在、ラボでは、未来の社会の実現に向けたバックキャストでのアイデアにも取り組みつつも、手を動かしてモノ・コトを作り、アイデアを検証することを重視しているため、下記の2つの視点での取り組みが主となっています。

視点①:フォアキャスト×ニーズ
 現在のユーザーのペイン・ゲインを起点として、新しいモノ・コトを作れないか、という問いからスタートします。上記したデザイン思考を十分に活用し、プロトタイピングを進めていきます。

視点②:フォアキャスト×シーズ
 現状の技術を起点として、新しいモノ・コトを作れないか、という問いからスタートします。ユーザーを意識しすぎることなく、プロダクトアウトのような形でプロトタイピングを進めることが多く、あくまで現状の技術の活用先を探索する取り組みとなっています。

 実際にラボで取り組んだ事例として、「ちょっと先のおもしろい未来2023への展示」を紹介したいと思います。
 本事例は、フォアキャスト×シーズに関する事例であり、「車いすとMRを組み合わせて、何か新しい体験を作れないか」という問いからスタートしました。MRを用いたアプリケーション自体は、プロダクトアウトのような形で開発した一方で、展示するにあたり、実際に想定されるユーザーに使ってもらったり、実際と同じような環境でロールプレイングしたりし、当日の体験をよりスムーズに、そして楽しくできるよう、アプリケーションの微調整を含め、改善を繰り返しました。
 結果として、作成したプロトタイプを100名以上の方にご体験いただき、体験を通じて、身体拡張性の実感や未来を感じるという、ちょっと先のおもしろい未来につながるような、ポジティブなお声をいただくことができました。

車いすとMRを組み合わせたプロトタイプ

ラボの目指す姿

 上記の通り、ラボでは、プロトタイプやそれらを用いた展示・実験など、複数のアウトプットを実践してきました。しかし、未だMissionやVisionに掲げている事業のタネにつながった取り組みが無いのも現状です。
 一方で、ラボを通じて「ちょっと作ってみた」というような活動のハードルが下がり、試してみてから考えるというような、フットワークの軽い活動が可能になりました。この、まず試すという活動は、単純にラボのメンバーのリソースでできる範囲にとどまらず、ノウハウや技術獲得のための投資、ラボ外との協働等も同様であり、失敗を含めた実践を通じて、私達自身を鍛え、ラボの環境をアップデートすることにつながっています。
 今後は、これまでの活動を維持しつつ、次の2つの視点を加え、Vision達成に向けた活動を加速していきたいと考えています。

追加視点①:バックキャスト×ニーズ
 設定した未来のユーザーのペイン・ゲインを起点として、新しいモノ・コトを作れないか、という問いからスタートします。その未来におけるユーザーやその取り巻く環境に対して、イノベーター理論におけるイノベーターやアーリーアダプター、エクストリームユーザーのような人を巻き込みながら、デザイン思考における共感、問題提起を行い、未来の事業のアイデアを考えていきます。

追加視点②:バックキャスト×シーズ
 技術の進歩を起点として、その進歩がどのような未来をもたらすか、という問いからスタートします。技術の進歩の方向性をその分野のスペシャリストと共に考え、そこから未来の環境を肉付けしていき、それを実現、もしくは体感できるモノ・コトをプロダクトアウトしていきます。

 上記を実現するにあたり、検討中のロードマップに描かれている未来だけでなく、新たに未来(シナリオ)を定義するシナリオプランニングの活用、および未来のユーザーとなる人を探す一環として、アイデアやプロトタイプを社会に向けて発信していくことにも力を入れていきたいと考えています。
 また、発信を通じて、描いた未来の実現のきっかけやこのラボに集う社内外の方の想いを実現するきっかけを増やしていきたいと思っています。
 ラボによって、TOPPANグループ内だけでなく、社外の方を含め、様々なドメインにおける取り組みを加速させることができれば、よりワクワクした、面白い未来の実現が可能になると考えています。本記事が、ラボの活動にご興味のある方とつながるきっかけにもなっていましたら幸いです。

 最後になりますが、本記事は、多くの方に読んでいただきたいと思いながらも、デザイン思考のご説明であるため、主たる対象の方(ユーザー)を、①新規事業関連の企画・開発に携わっている方、②実現したいアイデアを持っている方と、想定・設定し、執筆いたしました。
 また、読んでいただいた結果として、「デザイン思考を活用することで、アイデアを形にしやすくなる理由が説明できる」及び「ありたい未来に向けた取り組み【TOPPAN DIGITAL LAB】について理解できた」とし、これらを達成できるように記事を構成いたしました。
 ユーザーの皆様が、記事を実際に読んで、どのような状態になられたか?等は、今回記事を掲載した「note」のリアクション機能などを通じて確認し、次の記事作りに反映することで、デザイン思考の反復的なプロセスを回すことができると考えています。
 プロダクトやサービス開発以外にも、デザイン思考は活用できますので、ぜひ、活用してみてください。

TOPPANデジタル有識者コメント

田中洵介
TOPPANデジタル株式会社
技術戦略センター
情報技術研究本部 企画室 室長

 私達は、日々のプロトタイピングのプロセスに、デザイン思考を取り入れることで、ユーザーセントリックに、そして反復的プロセスを通じて、ユーザーにとって価値あるプロダクト・サービス開発を生み出し続けたいと考えています。企画・研究開発分野問わず、普段の活動に取り込むことで、多様な議論や思考を発散・収束できる質の高い議論の物差しをもつことができ、チームの力を発揮して物事を整理することができます。

 一方で、対比される思考法のひとつに「アート思考」が存在すると思います。本用語の定義は、現時点では様々な解釈がなされていますが、私自身は「問いを立てる力」と捉えています。自分の内面から発するもの、自分の心が疑問をもつもの、そういったものに蓋をせず自分の声を聞くことを大事にしながら「デザイン思考」による「ユーザー起点に整理する力」の両方をフルに活用し、私達はユーザーや協働するメンバーとが共感する良い技術、サービスを提供し続けたいと考えています。


■編集者

近藤慎一郎
TOPPANデジタル株式会社
技術戦略センター
情報技術研究本部 企画室

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