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量子のふるまいで実現する量子コンピューティング技術の可能性

概要

量子コンピュータとは

 量子コンピュータは量子力学のふるまいである「量子重ね合わせ」「量子もつれ」を応用して演算処理を行うコンピュータです。古典コンピュータ(従来のコンピュータ)では1ビットで0か1のどちらかしか表現できませんが、量子コンピュータは1量子ビットで0と1を同時に表現するため、解を求めるための計算のステップ数を削減でき、高速に確からしい解を探索できることが特徴です。
 現在、量子コンピュータは開発途上で、世界でも限られた数しか稼働しておらず、研究機関・大学、企業が、精度向上や大規模化を目指し量子コンピュータのハードウェア、ソフトウェアの研究を行っています。例えば古典コンピュータでは計算に時間を要していた膨大な組合せの中から最適な組み合わせを探し出す問題において、量子コンピュータは高速に答えを見つけ出せると期待されており、量子コンピューティング技術のユースケース探索、アプリケーションの効果検証や研究開発が盛んに行われています。

従来のコンピュータとの処理の違い

要素技術

 量子コンピュータには、汎用型の量子ゲート方式と組合せ最適化問題等の特定の用途に特化した量子アニーリング方式の2つの種類があります。更に、量子アニーリング方式の派生として、古典コンピュータで組合せ最適化問題等を解くイジングマシン方式があります。

量子ゲート方式
 
量子ゲート方式は量子アルゴリズムを用いて問題を量子回路に落とし込み、量子ビットの変換操作によって計算する方法です。量子回路の実用化には大規模化やエラー訂正などの困難な課題が多く、超伝導方式やイオントラップ方式、シリコン方式、光方式などの異なる技術を用いた研究が行われています。そのため、量子ゲート方式と比べると能力が限定されますが、NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum computer)といわれる数百量子ビット程度の誤り訂正機能がない中規模の量子コンピュータの早期実用化が期待されてます。

量子アニーリング方式
 
量子アニーリング方式は組合せ最適化問題等の特定の用途に特化した量子コンピュータです。まず、解きたい問題を統計力学における磁化(スピン)の振る舞いを表現するモデルであるイジングモデルに定式化します。そして、量子コンピュータの量子回路に、結合強度と重み付けを設定、磁場を印加し時間をかけて弱めるとエネルギーが最小となる状態になるため、その状態が最適解となるように定式化することで、高速に答えを出す計算方法です。超伝導量子ビットを用いて実現しています。
 組合せ最適化問題とは、膨大な選択肢から制約を満たし、ベストな選択肢を探す問題で、例として、セールスマンがいくつかの訪問先全てを一度ずつ回って帰ってくるまでに最短の移動距離となるような訪問順を求める巡回セールスマン問題などが挙げられます。訪問先が増えると巡回路が指数関数的に増加するため、訪問先が多くなると古典コンピュータでは現実的な時間で解くことが困難とされており、量子アニーリング方式の活用が期待されています。

イジングマシン方式
イジングマシン方式はデジタル回路を用いて組合せ最適化問題等を高速に計算する方式です。古典コンピュータでの実現が可能なことから、多くの企業が実用化しており、様々なユースケース探索が行われています。

量子コンピュータの種類 ビット数(2022年9月現在) 
出典: QuEra:https://www.quera.com/ D-Wave:https://cloud.dwavesys.com/leap/
富士通:https://fujitsu.recruiting.jp.fujitsu.com/technology/post-8887/
東芝:https://www.global.toshiba/jp/products-solutions/ai-iot/sbm.html

量子コンピューティング技術への期待と課題

 量子コンピュータは、例えば古典コンピュータが苦手としていた指数関数的に増加する計算処理を高速に計算できる点で期待されており、また消費電力をおさえることから、環境負荷低減の点でも注目されています。
 量子ゲート方式には課題が多くあり、実用化は数十年先と言われています。しかし、世界中で古典コンピュータに代わる汎用型量子コンピュータへの期待が高まっており、各社がエラー訂正能力を上げ、高速かつ高精度に大規模な処理能力を可能とするハードウェアの研究を行っています。量子アニーリング方式とイジングマシン方式においても、解きたい問題をイジングモデルへ定式化する作業に専門的な知識が必要となり、産業利用へのハードルが依然高いことが課題と考えられています。
 量子コンピュータの能力を高めるのにはまだ時間がかかると考えられているため、早期の実用化に向けて、量子コンピュータが得意とされる指数関数的に増加する組合せの処理と、古典コンピュータでの処理とをハイブリッドに利用する方法が期待されています。
 量子コンピューティング技術の社会実装に向けては量子人材の育成も大きな課題のひとつとして挙げられており、量子コンピュータを利用できる人材を育成するために、大学や研究機関を拠点に量子アプリケーションの開発を行うイベントや量子プログラムのチュートリアルなどが公開されています。

未来像

  量子コンピュータが実用化されると、これまで計算に多大な時間を要して解けなかった問題を現実的な時間で求めたり、人が経験や直感に基づいて求めていた複雑な問題の答えを導き出すことができるため、様々な分野での活用が期待されています。以下は量子コンピュータが普及した世界で実現する未来像の一部です。

製造分野
 
多品種少量生産など複雑化した製造現場において、指定された数量の多種類の製品を生産設備を充足させて、納期までに製造する最適な生産計画を立案します。また、多様化する働き方において、勤務形態や保有スキル、役職の異なる作業員を偏りなく配置する最適なシフトスケジュールも提案できます。

物流分野
 複数の配送先へトラックで効率良く荷物を届ける配送業務において、ドライバ―のスキルや希望シフトを踏まえ、最短の走行距離となる最適な配送ルートを提案します。さらに、配送順に合わせて荷物が降ろしやすく、かつ積載率が高くなるように荷物の積み方を最適化することもできます。

材料・化学分野
 材料・化学において化学反応をシミュレーションすることで新機能・高機能をもつ新たな材料探索を行います。
 また、創薬現場では、原子レベルの計算により物質の特性を求める分子シミュレーションを適用し、条件を変更しながらシミュレーションを行い創薬開発のスピードを早め、新薬候補を提案できます。

活用事例

 2021年にハードウェア技術の研究開発を目的に汎用型の量子コンピュータであるゲート型量子コンピュータが国内に設置され、更に同年に商用の量子コンピュータが国内で初めて設置されたことから、量子コンピュータへの期待が高まっています。ハードウェア技術の研究開発だけではなく、量子化学計算や量子機械学習などへの活用も注目されています。
 量子アニーリング方式はカナダで2011年に世界で初めて商用の量子コンピュータが発表されて以降、世界中でアプリケーションの研究開発が加速しました。国内では大手企業や大学、研究機関、スタートアップ企業がアプリケーション開発や効果検証を行っています。特に物流の配送ルート最適化や化学計算の分野において事例が多く見られます。
 古典コンピューターで動作する組み合わせ最適化問題に特化したイジングマシン方式は、国内企業各社が独自のイジングマシンを開発し、実証実験やアプリケーション開発に注力しており、製造、金融、化学、物流、インフラ、情報分野での事例が数多く出てきています。

トッパンの取り組み

 トッパンでは量子アニーリングを活用した物流業務の効率化やプラスチック資源回収への取り組みなど、量子コンピューティング技術の活用に関する研究開発を行っています。AIやBPOなどのデジタルソリューションと組み合わせ、DX事業を推進しています。

・物流業務の効率化に向けた取り組み
 電子商取引(EC)の需要や個人向け配送の増加による物流市場の規模拡大に伴い、トラックドライバーの負担増加、トラックの排気ガスによる環境問題、交通渋滞の発生といった社会課題が発生しています。トッパンは量子コンピュータを活用して、配車/配送計画を立案する物流業務効率化システムの実証を進めています。業務の負担軽減、計画の立案スピードや精度向上、配送時間の縮減及びそれに伴う環境負荷低減を実現します。

物流DXのイメージ

・プラスチック資源循環への取り組み
 地球温暖化や更なる環境悪化を食い止めるため、資源を有効活用しながら付加価値の最大化を図る循環経済への移行が必要とされています。例えばプラスチックの資源循環においては、サプライチェーンを横断した取り組みが進められています。トッパンは資源の回収・配送業務において量子アニーリングを活用した回収・配送計画立案システムの実証を進め、効率的な計画に基づく回収・配送を実現することで環境負荷低減を目指します。

トッパン有識者コメント

鳥羽牧
DXデザイン事業部 技術戦略センター
企画・開発本部 量子技術戦略室 室長

 我々は、量子コンピュータが破壊的イノベーションを起こすと考えています。最初の大きな影響は二つあり、一つはその莫大な計算力による業務プロセス等の効率化・コストダウン、もう一つは負の側面で、既存暗号の危殆化による情報流出の懸念です。さらには、革新的な材料開発・製薬が起こると考えています。
 量子コンピューティング技術は、マーケティング、BPO、パッケージ開発、半導体・ディスプレイ材料開発、セキュリティ等、ほぼ全ての当社事業に活用できると考えています。
 量子コンピューティング技術を今から研究開発することで、量子コンピュータが実現した際には、お客さまにいち早くその恩恵を提供し、暮らしやすく、持続可能な社会の実現に貢献することを狙っています。


■編集者

小山玲子
DXデザイン事業部 技術戦略センター
企画・開発本部 量子技術戦略室