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コンピュテーショナルファブリケーション技術による機能性メタマテリアルの研究



 コンピューターによる設計技術と、3Dプリンターをはじめとするデジタル加工機の進化と普及は、製造プロセスの効率化だけでなく、人間とコンピューターが共同で創造する新たな製造技術、コンピュテーショナルファブリケーション(Computational Fabrication)を生み出しました。この技術は、革新的な形状や構造のデザインとその実現を可能にし、それらはメタマテリアル[※1]と呼ばれる人工新素材の開発に応用されています。その適用範囲は急速に拡大しており、当初は建築、航空宇宙、モビリティ産業への適用が主流でしたが、近年では家具、家電、アパレルなどの日用品への適用も増えてきています[※2]。

 この記事では、コンピュテーショナルファブリケーション技術の特徴を説明しながら機能性メタマテリアル研究の可能性と課題、活用事例、弊社での取り組みについて解説します。

※1 メタマテリアルとは、本来その物質には存在しない特性を人工的に持たせた素材です。以前は、光、電磁波といった性質に対する物性改変を対象にしてきましたが、昨今、振動・音や熱(伝熱)に対する反応や強度等の性質改変までその対象範囲を広げています。

※2 Wired JAPAN(2019.7)「最新シューズに3Dプリント技術を採用したニューバランス、その戦略は「限定モデル」では終わらない」

概要

コンピュテーショナルファブリケーション技術とは

 コンピュテーショナルファブリケーション技術(以下、CF技術)は、コンピューターによるデジタルモデルの生成から加工機によるオブジェクト作製までの一連のプロセスを支援する技術です。

 CF技術のプロセス前半部分にあたるデジタルモデル生成は、コンピュテーショナルデザインとも呼ばれます。この工程で、デザイナーは幾何アルゴリズムに基づく形状や構造パターンを構成要素として使用し、動作シミュレーションを行いながら最終モデルを決定していきます。このデジタルモデルはパラメトリックにその形状や構造を編集可能とする特徴を持ち、コンピューターによる自動的なモデル生成や編集を可能にします。デザイナーによるデジタルモデリングを支援する技術として使用されてきたCAD(Computer Aided Design)[※3]を進化させた設計手法といえます。デザイナーとコンピューターがより対等に双方向的な共創設計作業を進めることを可能にします。高度な創造力と思考力を身に付け始めているAI技術動向を考慮すれば、この共創によって生み出されるモデルの革新性や実現精度は、今後数年でますます高くなると予想されます。

 CF技術のプロセス後半部分は、デジタル制御によるオブジェクト作製でありデジタルファブリケーションとも呼ばれます。このプロセスでは、デジタルで作成した設計モデルを物理的に実装するための素材や加工機の選択、そして制御プログラミング技術が必要となります。加工機の例としては、3DプリンターやNC切削機、レーザーカッターなどが挙げられます。デジタルファブリケーションの一般的な技術課題は、デジタルで設計された形状や構造をいかに物理世界で忠実かつ効率的に実現するできるかという点です。2010年ころの3Dプリンタームーブメント以来、デジタルファブリケーション機器は進化を続けており、金属や有機物など、扱える素材は多様化しています。また低価格帯の機器においてもマイクロメートルレベルの加工を高精度で実装することが可能となり、前述した技術課題は改善の傾向にあります。しかし、より複雑な形状を効率的に実装ミスのなく実施する制御プログラムと作製フローの確立には引き続き試行錯誤が必要とされます。

※3 1963年アイヴァン・サザランドによって開発された「Sketchpad」は対話的な操作で線や図形を描画することができる革新的なコンピュータグラフィックプログラムで、CAD技術の起源と言えます。その後、CAD技術は70年代から航空宇宙分野で利用され、80年代にはAutoCADに代表されるソフトウェアの普及により建築、プロダクトデザインを中心に広く活用されています。

期待と課題

 コンピュテーショナルファブリケーション技術がメタマテリアルの機能性を飛躍的に高め、その活用場面を拡大する動きは、昨今の学術研究動向からも明らかと言えます。特に注目すべきは、研究分野の枠を超えてその活用が探求されている点です。例えば材料工学や建築工学などモノ作りに関連する研究分野におけるデジタル技術応用だけでなく、コンピューター科学研究分野においてもCGやXR技術を起点とした新しいモノ作りプロセスが探求されています。

 モノ作りとデジタルソリューション開発技術の両面を持ち深耕してきた弊社にとっても、将来、新たなサービスや製品の創出を支える基盤技術になり得ると見込み、2021年から研究を進めています。以下では、当方研究開発部門で対象としている3つのメタマテリアル活用領域に沿って、学術・産業事例を交えながらその可能性と課題について説明します。

1)メカニカルメタマテリアル
 微細な形状・構造を周期的に配列し、その素材が本来持たない新たな機能性を発現させる技術です。3Dプリンターやレーザカッターなどのデジタルファブリケーション加工機器の進化により実現可能な構造デザインの範囲が広がり、これらの機器が製造現場に急速に導入されているため、最近では事例が身近に見られるようになっています。

 ランニングシューズの3Dプリンテッドアウトソールの例では、縦の荷重を横方向への推進力に変換する機能を備えた3次元格子構造が実現されています。これは、樹脂素材自体には本来備わっていないクッション機能と指向性反発機能を人工的に実装した技術適用例となります。さらにアディダス社は、アウトソールと同じTPU素材を繊維状に構造化し、シューズのアッパー部とシューレースに適用することで単一素材によるリサイクルしやすいシューズを提案しています[※4]。この技術領域の課題としては、3Dプリンティングの作製工程が大量生産製品には不向きでありコスト面と対象とする製品に制約が生まれて点があります。しかし、一方で多品種製品との親和性が高く、使用者個々にデザイン調整が求められる医療やアパレル分野における新たな市場の開拓が期待されています。

※4 日経XTECH(2019.5)「シューズを1つの素材で製造、100%リサイクルを目指すアディダスの新技術」

2)エレクトロニクスメタマテリアル
 センサーやアクチュエーターなどのエレクトロニクスデバイスとメタマテリアルを組み合わせた技術です。ここではメタマテリアルの双方向的な機能によってセンシングやアクチュエーション機能を最適化・拡張することを目指しています。エレクトロニクスデバイスの小型化や省電力化が進む中で、多様な試みが行われています。特に繊維を基材としたスマートテキスタイルは、ウェアラブルな生体センシングデバイスなど幅広い用途での活用が期待されており、学術研究から短期間で製品化に至る事例も見られます。

 例えば、サムソナイト社とGoogle社は、バックパック用のタッチセンサー繊維を開発し製品化しています[※5]。この製品開発はGoogleの先端研究プロジェクトでの研究成果がベースとなっています。エレクトロニクスメタマテリアルの技術的課題の一つは電気エネルギー供給に関するものです。この領域は衣服や家具・インテリア材との親和性が高いと考えられますが、いかにユーザーに負担をかけずに機能させるかが課題となります。今後の発展と実用化に向けて太陽光、電磁波、振動を利用する環境電源(エナジーハーベスト)技術との組み合わせがカギをなるでしょう。

※5 TECHABLE(2020.10)「サムソナイトがGoogleと協力、Jacquardテクノロジーを活かしたバックパック登場」

3)4Dメタマテリアル
 “4D”は特性変化を意味し、外力や環境変化に応じて形状・柔軟性・色など素材の特性が変化するように設計されたアクチュエーションマテリアルを指します。熱可塑性樹脂や吸水性樹脂など外部刺激によって特性変化する特殊素材をオブジェクト内にいかに配置や構造化すべきかコンピュテーショナルデザイン(最適化)し、環境変化やユーザー行動に応じて効果的に機能発現することを目指します。医療デバイスや自己修復材など、電気を使わずに動作する未来のスマートデバイスとして注目されており、学術研究を中心に数々の取り組みが行われています。

 例えば、カーネギーメロン大学の4Dメタマテリアル種子包材の研究では、種子が地面に撒かれると環境から得た水分で包材がスクリュー状に自己変形し、種子を地中に潜り込ませる構造を実現しています[※6]。一方で、この4Dメタマテリアル研究領域には実用化への課題として、動作安定性に関する問題があると考えられます。外力による微細な構造変化や化学反応に基づく物性変化を利用することから、製品使用環境やデバイス作製時の造形誤差が変化動作に影響を及ぼしやすい傾向にあります。変化素材の改良に加え,こうした影響を考慮した構造設計技術の開発が求められます。

※6 Agriculture and reforestation: Bioinspired seed carrier improves on natureby D Luo, A Maheshwari, A Danielescu, J Li, Y Yang, Y Tao, L Sun, D K. Patel, G Wang, S Yang, T Zhang, L Yao. Featured, May 2023, Nature.

未来像

 建築・インテリア業界:自然エネルギーを利用しつつ、電力・ガスなどの消費エネルギーを抑えながら居住者が快適に過ごすための建築設計手法“パッシブデザイン”を実現する技術の一つとして期待されます。例えば、日照の強さや室温上昇に応じて遮光性や通気性が変化するスクリーンやパーティション材、昼間に日光による熱を蓄え夜間の暖房効果を高める床材などが考えられます。

 アパレル業界:製品の環境負荷低減を促進する技術として期待されます。上述したアディダス社のランニングシューズの事例のような単一素材で構成される製品の幅が広がることでアパレル製品のリサイクル率が高まるでしょう。また、学術研究、例えば熱可塑性樹脂を活用した自己変形繊維研究[※7]の応用などにより、ユーザーによって簡単にサイズ変更が可能になるサイズフリー製品が生みだされれば、子供服の長期使用や多サイズ製造に起因する余剰生産の低減につながるでしょう。

※7 MIT MediaLab “FibeRobo”プロジェクト紹介ページ

活用事例

 建築・インテリア業界:メカニカルメタマテリアル技術の活用事例として、転倒時の衝撃を和らげる床材が挙げられます[※8]。柔らかい樹脂素材を基材とした床材シートで、独自の可変剛性構造により歩行時などゆっくりとした床への荷重に対してはフローリングのような硬さを保ちますが、転倒時など強い衝撃に対してはシートが柔らかく凹み、衝撃を和らげます。特に医療・福祉施設中心に導入が進み、転倒による骨折事故の防止に貢献しています。

 アパレル業界:最小限の縫製で立体的な形状のジャケットや照明フードなどの製品作成を可能にする設計技術も実用化されています[※9]。加熱収縮する繊維に対しコンピュテーショナルデザインによる折り目パターンを付与することで、設計通りの繊細かつ複雑な曲面加工を蒸気熱を当てるだけで実現しています。この技術はデザイン的な利点だけでなく、製品作製工程の効率化、繊維素材のムダ削減、そしてリサイクル効率の向上にも貢献できます。

※8 Magic Shields社「ころやわ」の製品紹介ページ
※9 PR Times(2023年4月4日), Nature Architects社 ”熱で自在に変形する布 ”Steam Stretch” 設計製造技術をエイポック エイブル イッセイミヤケ と共同開発「ミラノデザインウィーク」にて発表”

TOPPANデジタルの取り組み

 弊社においては本件研究開発を、ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)研究から派生させる形で進めています。3Dプリンテッドメタマテリアル領域の研究事例として、米国の3Dプリンタースタートアップ企業であるOPT industries社(以下、OPT)とマイクロ構造メタマテリアルの活用に関する共同開発を紹介します。OPTの独自技術は、シート状のマイクロ立体構造物を高速にプリント可能とする独自のロール式3Dプリンターシステムにあります。この技術を基に現在OPTでは吸水制御機能を有する樹脂製医療・化粧器具を開発しています[※10]。

 弊社との共同開発では、住空間・オフィス空間の家具・インテリア材を対象とし、調光や吸音効果を有するメタマテリアル開発を進めています。2023年5月には、ドイツ・ケルンで開催された家具・建装材の見本市INTERZUMではコンセプト展示を行うことで[※11]多くのデザイナーやサプライヤーに対し未来のインテリア素材を提案し、貴重な意見をいただくことができました。今後も、試作と提案を繰り返すことで当該技術の蓄積を進めつつ、住空間・オフィス空間に限らず技術適用先を幅広く探索していきます。

※10 OPT industries Inc.
※11 3Dプリントメタマテリアル試作展示の紹介(1:08から)“&CO – Connected Spaces | INTERPRINT @ Design Post Köln”

TOPPANデジタル有識者コメント

稲村 崇
TOPPANデジタル株式会社
技術戦略センター
情報技術研究本部 情報技術研究室 室長

 現代ではテクノロジーに関するリテラシーの有無を問わず、あらゆる人々が高性能なスマートフォンを操作して膨大な情報にアクセスし、高度な処理を実行することが可能となっています。LLMなどのAI技術の発展も目覚ましく、コーディングレスで高度な情報検索や創作も可能となりつつあります。HCI研究領域も進化しており、インターフェイスは、私たちの日常に自然に組み込まれてゆくでしょう。
TOPPANはこれまで文化財などのVRコンテンツ制作を通じ、顧客の伝えたいイメージを高品位な映像として表現してきましたが、同時にコンテンツを効果的に伝えるためのインターフェイス研究開発も行ってきました[※12, 13]。

 今回紹介したHCI研究領域の新たな潮流である4Dメタマテリアル技術の探求に関しては、この研究領域で多くの実績を持つMIT MediaLabとも産学連携コンソーシアムを通じ自己変形繊維研究プロジェクトに参加し、その技術を学びつつ未来の視点でその活用について議論してきました。例えば、住空間系商材だけでなく、触覚フィードバック機能を備えたウェアラブルデバイスの開発とも関連しますし、TOPPANが現在事業として展開するXRやメタバースといったデジタルサービス分野への活用も期待されます。

※12 Koichi Yoshino, Koichi Obata, and Satoru Tokuhisa. 2017. FLIPPIN': Exploring a Paper-based Book UI Design in a Public Space. In Proceedings of the 2017 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (ACM CHI '17).
※13 徳久 悟, 吉野 弘一, 小幡 光一, 遠藤 志津子, 岩崎 花梨, 武田 港, 柴崎 美奈, 神山 洋一, 南澤 孝太, 東京国立博物館・特集展示「伊能忠敬の日本図」とミュージアムシアターを活用したサービスデザインプラクティス(<特集>デジタルミュージアムの展開), 日本バーチャルリアリティ学会論文誌, 2015, 20 巻


■編集者

吉野 弘一
TOPPANデジタル株式会社
技術戦略センター
情報技術研究本部 情報技術研究室 主任研究員