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パスポート向けDOVIDについて


DOVIDとは

 DOVID(Diffractive Optically Variable Image Device、回折光学可変画像デバイス)は光の特性(回折現象など)を制御した視覚効果を有するセキュリティデバイスの総称です。

 ホログラムもDOVIDの一種ですが、ホログラムは装飾品や玩具として利用されることも多く他の用途と区別するため、DOVIDや回折格子デバイスと表現されます。DOVIDは視覚的に簡単に認識でき、模造品(本物と類似の外観を有する贋物)を作りにくい特性があり、観察角度によって色や像が変化するため真贋を判定するのに役立つことから、偽造(贋物の総称)防止に使用され、パスポートなどIDドキュメントに採用されています。また、ID情報の判別性を損なわないため、パスポートを保護する重要な部材となっています。

DOVID(回折光学画像可変デバイス)

パスポートの偽造防止技術

偽造防止技術

 偽造防止技術は複数存在し、その真贋判定方法の観点からの分類が一般的となっています。パスポートは以下に示す3つの分類にある認証技術を複数搭載することで偽造耐性を高めています。

第1認証技術

 検証者の感覚(一般に視覚及び触覚)で真贋判定が可能な技術です。
例として、観察角度の変化によって印刷模様や色彩等が変化するもの(視覚で真贋判定)、特殊加工による独特な凹凸形状(触覚で真贋判定)によって真正性の確認を行ないます。
 今回のDOVIDは視覚で真贋判定する第1認証技術に分類されます。

第2認証技術

 ルーペや特殊フィルタ、紫外線ランプ等の簡易器具を用いて真贋判定が可能な技術です。
 ルーペで確認可能な微小な文字や印刷図柄や特殊な光学フィルタ越しに発現する潜像模様、紫外線ランプを照射で発光する光学インキなどが該当します。

第3認証技術

 物理的な特性を機械的に検出し、真贋判定を行なう技術です。
 主に電磁気や光学特性を検出することが多く、デジタル変革によって、近年最も多く研究が進められている分野です。以前の記事「人の境界移動を管理・コントロールするパスポートのデジタル・光学認証」で紹介している技術は、第3認証技術に分類されます。

パスポートとDOVIDの関係

パスポートの改刷

 パスポートは新しいツールが出来た時や重大な事件が起こると、偽造を危惧してデザインを変更し、新しい偽造防止技術を取り入れてセキュリティを強化する改刷を行います。
 過去30年間のデータを見ると、1987年にデジタルカラーコピー機が普及したことで偽造が増加し、1990年頃から改刷が増えました。2002年以降は、アメリカの同時多発テロ事件を受けて各国がセキュリティを強化するために改刷が増加しました。2002年から2008年までの7年間で世界のほぼ全ての国がパスポートを改刷しています。
 近年改刷は比較的横ばいで安定しており、毎年10~20ヵ国がパスポートの改刷を行なっています。

パスポートの改刷推移

DOVID採用推移

 1980年代の第1認証技術は精密な印刷模様が偽造防止技術として一般的でしたが、デジタルカラーコピー機の普及により、簡単に複写されるようになりました。このため新しい偽造防止技術が必要とされました。そこで注目されたのがDOVIDでした。DOVIDは観察角度に応じて色や像が変化するためコピー機で簡単には複写されません。DOVIDは各国で着実に採用を増やし、2020年には世界の75%以上の国がパスポートにDOVIDを採用しています。

パスポートへのDOVID採用推移

DOVIDの特徴

 DOVIDはコピー機での複写が難しいだけでなく、模造耐性も評価されました。DOVIDはナノメートル単位の非常に微細な凹凸が形成された回折格子構造によって光の特性を発生させます。当時はこの微細な構造を作る設備やプロセスが特殊であり、再現が困難であるため模造されにくく、偽造防止に有効であると評価されました。また、DOVIDの光が虹色に遷移する視覚効果は人の目を引き付けるだけでなく、美的特徴を与え、偽造防止デバイスであることを認識しやすくするため、利用者に安心を提供する点でも評価されました。

パスポートに搭載されたDOVID

DOVIDの進化

 2000年代には設備やプロセスが一般化し、特殊性も次第に無くなったことから、DOVIDの偽造品が見つかるようになります。そこで、DOVIDの模造耐性を向上させるため、単純な光の回折現象でなく、複雑な光学設計と加工技術を用いて新たな光学現象を生み出す取り組みが始まりました。この取り組みにより、DOVIDは企業ごとに独自の進化を遂げるようになりました。

 その中で、擬似立体デバイスやZOD(Zero Order Device、ゼロ次回折デバイス)などが注目され、単純な光の回折現象を利用した単調な光学効果を有する従来のDOVID(回折格子デバイスと呼称)とは異なる新しいDOVIDとして採用されるようになりました。

 回折格子デバイスはどの観察角度でも虹色に遷移する視覚効果を持つのに対し、擬似立体デバイスはどの観察角度でも立体的に見え、無彩色の視覚効果を持ちます。また、ZODは特定の角度で固有の色を表示し、デバイスを90度回転させると色が変化する視覚効果を持ちます。既に回折格子デバイスを採用していた国は、デザインや関心を持たせる力が高いと評価しました。

 偽造防止技術において、第1認証技術のDOVIDは特別な器具や装置を必要とせず、誰もが真贋判定できることから、最も一般的で認知度が高いです。そのため新しいDOVIDに切り替えることは視覚効果の側面から、セキュリティの強化(新しい技術の搭載)を理解しやすく、利用者に安心感を提供できます。

 このような背景から、次世代のDOVIDが登場したことで、視覚効果の【目新しさ】が各国の要望に含まれることになりました。

擬似立体デバイス(無彩色の立体)  
ZOD(90度回転で色変化)

DOVIDの課題

要求特性

 これまで説明してきたように、パスポート向けのDOVIDは、【真贋判定】、【模造耐性】、【複写耐性】、【目新しさ】が要求されます。DOVIDの真贋判定は、視覚効果を活用して本物と贋物を見分けることを指します。正確な判定を行うためには、発現方法が明確で効果が明瞭でなければいけません。

現状の課題

 それでは、各DOVIDが要求特性を満たしているか考えてみましょう。
 回折格子デバイスは既に説明している通り、模造耐性のない現在において、視覚効果が明瞭でなく、真贋判定が難しいという課題があります。

 次に擬似立体デバイスは、立体効果が個人の感性に左右されるため真贋判定が難しいという課題があります。擬似立体デバイスは、どの観察角度でも奥行きを感じる立体効果が特徴であり、目新しい視覚効果として評価されています。しかし、立体効果は個人の感性に左右されるため、真贋判定に適していません。例えば、5ミリメートルの奥行きを感じるデバイスだと説明されても、正確に感じ取れる人は少なく、多くの人は単純に立体的かどうかを判断することしかできません。つまり、効果が明瞭でないため、少しでも立体的に感じられると、贋物を本物と誤解するリスクがあります。

 最後にZODは、発現方法が複雑なため短時間で真贋判定が行なえないという課題があります。ZODはデバイスを傾けて特定の色を表示する観察角度を探し出し、その位置からデバイスを90度回転させると異なる色へ変化します。つまり、2段階の動作で特定の色が別の色に変わる効果が特徴です。ZODは発現方法も明確で効果も明瞭なため、真贋判定の要件を満たしています。しかし、実際にパスポートを使用する場面を考えると、本当に要求を満たしているか疑問が生じます。パスポートは主に入国審査で使用されますが、入国審査官は多くの人を処理する必要があるため、短時間での真贋判定が求められます。そのため、発現方法は単純な動作が望ましいです。以上より、評価されるポイントはあるが、全ての要求を満たすDOVIDはまだ存在していないと考えられます。

入国審査を待つ長蛇の列

未来像

目指す方向性

 入国審査では、まず入国審査官にパスポートを提示し、渡航目的や滞在先などについて質問されます。その際、パスポート情報や持ち主の様子が注意深くチェックされます。次にパスポートのMRZ(Machine Readable Zone、機械読取領域)を機械で読み取り、適合確認が取れたら審査が完了し入国できます。入国審査にかかる時間は約1分で、パスポートの確認時間は最大で15秒ほどです。DOVIDの確認はさらに短く2、3秒程度が一般的です。これらを考慮すると、パスポート向けDOVIDには【模造耐性】、【複写耐性】、【目新しさ】が必要であり、かつ【短時間で真贋判定できる】ことが重要だと言えます。

動作の最適化

 発現方法の動作について考えてみましょう。DOVIDの真贋判定において、世界的に広く認知されている動作の一つは、1900年代から使われている回折格子デバイスの傾ける動作です。この動作は片手で簡単に行えるため、素早く操作できます。また、真贋判定の動作として認知度が高いため、特別な教育を受けなくても、動作を間違う心配もないことから、傾ける動作は今後もそのまま利用するのが最適と言えます。

短時間で真贋判定できる光学効果

 次に視覚効果について考えてみましょう。視覚効果は明瞭であり、短時間で真贋判定を行なうために個人の感性に左右されない確実な情報の読み取りと見分けが求められます。そのためには、正しい効果を理解し、情報を素早く認識する必要があります。言い換えると視覚効果は誰にとってもわかりやすく、明文化された内容で容易に想像がつく効果です。その答えの一つは、情報の変化効果です。DOVIDに表示される情報は色と像の2つしかなく、例えば、青から赤や、有彩色から無彩色といった色の変化や、図形の変化、図形画像の出現と消失といった像の変化です。いずれも説明された内容で効果を容易に想像できます。変化が適切に理解されると、視覚効果のポイントを押さえて短時間で真贋判定ができるようになります。

短時間で真贋判定ができる変化効果


TOPPANの取り組み

 TOPPANはこれまで培ってきた偽造防止ソリューションの知識とノウハウを基に、新しい光学設計アイデアを取り入れて、変化効果での目新しさの実現やさらなる模造耐性の強化に取り組んでいます。すでに原理試作と機能試作を終え、基本技術を確立し知的財産権を保護しています。近い将来、皆様もこの技術を目にする機会が増えるかもしれませんので、楽しみにしていてください。

TOPPANデジタル有識者コメント

屋鋪一尋
TOPPANデジタル株式会社
技術戦略センター
情報メディア研究室 室長 

 近年のデジタル技術の進化により、スマートフォン等のデジタルデバイスを利用した物品や生体の認証技術が注目されています。これらは物理的な特性を機械的に検出する「第3認証技術」に相当します。
一方で、本ブログの主題として取り上げられている「第1認証技術」は、検証者の視覚によって一瞥で認証(真贋判定)が可能であることから、偽造を抑止する第一の関門とされ、偽造防止の観点で重要な技術領域の一つとなります。
 何れの認証技術領域においても、偽造者(犯罪者)の偽造技術・偽造手段は日々狡猾となっており、様々な偽造に対抗し得る認証技術や偽造防止媒体が必要とされています。
 我々は偽造者・犯罪者に対抗する為に、第1、第2、第3認証技術の全ての領域において、独自の光学設計技術を活用した「新たな認証技術・新たな偽造防止媒体」の創出に努め、研究成果を社会実装する事によって「安全・安心な社会」に貢献して参ります。


■編集者

杉原 啓太郎
TOPPANデジタル株式会社
技術戦略センター
情報メディア研究室