人間の能力拡張や意識の定量評価を可能にするブレイン・マシン・インターフェース
ブレイン・マシン・インターフェースとは
ブレイン・マシン・インターフェース(Brain-Machine Interface: 以下BMI)は、脳波や脳血流などの脳活動を用いて機械を操作するものや、逆に脳に機械からの情報を刺激として入力するものを指し、本記事では主に前者について取り扱い、脳活動の測定や測定結果を用いた分析も含んでいます。また、これらはブレイン・コンピュータ・インターフェース(Brain-Computer Interface: BCI)とも呼ばれます。
脳波とは、人の脳が活動するときに発生する電気的・磁気的な信号のことであり、電極などを用いて記録します。この信号を分析することで様々な用途への活用が可能になります。脳波の計測には、大きく分けて侵襲式と非侵襲式の二種類が存在します。侵襲式は手術によって脳に直接電極などを埋め込み脳波を計測する方式であり、非侵襲式は頭皮など体外から脳波を計測する方式です。
脳血流とは脳の血流のことであり、頭部に装着する装置から発せられる光や超音波などを用いて測定することができます。
BMIを用いたアプリケーション例として、頭の中で意識するだけでコンピュータやスマートフォン、家電を操作できるインターフェースとしての利用などがあります。また、脳活動に基づく感情分析の結果を用いてマーケティング分析や訓練効率向上を目的とした実装も行われています。医療介護分野で活用できる事例としては、ロボットアームや車いすの操作、睡眠改善、病気の早期発見などが実現されています。睡眠改善においては脳波から睡眠の深さを推定し、睡眠の質を可視化してフィードバックする機能や、それに合わせたオーディオ操作でより深い眠りへ誘導する機能などがあります。病気の早期発見においては、脳波の異常によって脳梗塞などの病気を発見することができます。これらのように様々な分野でのアプリケーションの実現によって、今後もBMIの更なる活用が期待されています。
要素技術
脳活動を用いたインターフェースの活用には計測と分析を必要とします。例えば、脳波を計測する装置の形式には、頭皮を覆うように複数の電極を配置したものやバンド型で頭部に固定するもの、イヤホン型のもの、MRIのような大型の機械を利用するものなどがあります。複雑な脳波の信号を扱うためには多数のセンサで同時に計測する多チャンネル方式が用いられます。また、取得した信号に含まれるノイズを除去し、必要な信号のみを取り出す処理が求められます。
取得した信号そのものから意味を見出すことは難しいため、その後の分析も重要なプロセスになります。代表的な方法として、信号の波の周波数を利用する手法である周波数解析が挙げられ、これにより信号の中から代表的な周波数の反応などを見つけ出すことができます。さらに、近年のAI技術発展に伴い脳波の分析にもAIが用いられるようになり、BMIにおける精度の向上や用途の多様化が見られます。
期待と課題
BMIを誰でも気軽に利用できるような社会になれば、頭の中で意識するだけで様々なものを操作できるようになるでしょう。 手や音声での操作を必要としないインターフェースは最も直感的なインターフェースと言えるかもしれません。 さらに、今まで曖昧だった人の感情や考え、反応を定量的に捉えることができるようになります。
しかし、解決すべき課題も残されています。高精度で高速な機能を利用する場合、手術により電極を頭部に埋め込む侵襲式の脳波計測機が有効ですが、利用に踏み切るためのハードルが高くなっています。一方、頭に帽子を被るように装着する非侵襲式では、頭蓋骨を通過するまでの過程で脳波の情報がいくらか失われてしまいます。他にも、まばたきによる筋電の影響や、装着位置のズレなどによって、高精度な計測が困難になります。非侵襲式の中でも、装着に時間がかかるものとかからないものがあり、様々な方式が存在します。現状では、精度と利便性はトレードオフの関係にあり、用途に応じて最適な手法を選択する必要があると言えます。将来的に高精度で気軽に装着できるBMIが登場すると、急速に普及する可能性があり、様々なアプリケーションに用いられることが期待されます。
未来像
BMIが普及した場合、様々な機器と脳の機能を接続することが可能になり、日常の中で必須の技術になっているかもしれません。以下は、BMIが普及した世界で実現する生活者目線での未来像の一部です。
スマートフォンやタブレットなどを操作する際に、画面を指で操作する必要がなくなり、頭の中で操作を念じるだけでメールを開き、画面をスクロールし、文字入力を行うことができる。
特別な手術を必要とせずに義手などの複雑な操作が可能になり、自分の腕と変わらずに日常生活で利用ができる。また、腕を3本以上になるように追加することで身体をさらに拡張し、多数の腕を操り複雑な作業や、効率的な作業が可能になる。
仮想空間の身体をより自由に動かすことができ、現実空間と同じように動き回り活動することができる。さらには、空を飛ぶなどの現実では不可能な動作ができたり、身体能力の制限がないためプロスポーツ選手のようなプレーができたりといった、現実を超えた行動も可能になる。
頭の中にある画像や映像のイメージを画面に出力することができ、他人と脳内イメージを共有することが可能になる。また、脳に直接画像などのイメージを共有することができれば、他人の視覚や記憶を共有することが可能になる。
活用事例
BMIを用いた取り組みは研究からサービスまで幅広く実施されています。人の意志に基づいて機械を操作する事例としては、PCやスマートフォン、ロボット、家電、義手などの操作を実現しています。また、従業員や学生の集中度を測定することで、対象者の集中度合いなどを見える化し、それに応じた施策を設ける取り組みも行われています。クリエイティブ領域では、広告を見た人の脳活動を計測することで広告の効果を定量的に測定し、マーケティングに活用する事例もあります。
高精度な脳活動の計測には、侵襲式の脳波計測機や大規模な装置を用いるため普段使いが困難なケースも有りますが、装置の小型化や分析機能の向上によって実用化が進みつつあります。
トッパンの取り組み
トッパンは株式会社NeUと共同で、ヒトの生体信号・脳活動計測を基にした科学的クリエイティブ開発手法である「ニューロデザイン®」を開発しています。
ニューロデザイン®
ヒトの潜在的意識を脳血流などの生体信号により可視化し、ユーザーがそのクリエイティブに対して「興味があるのか」「記憶を促しているか」など、さまざまな観点から評価を行い、クリエイティブの改善策をご提案します。
ニューロデザイン®の3つの特徴
①クリエイティブを定量化する独自の評価指標
1万サンプル以上のデータを取得し、その情報を基にニューロデザイン®評価指標を開発しました。目的に合わせ、「興味」「記憶」「注目度」などを評価することが可能です。
②生体指標データの機械学習による、広告評価AIモデルの開発
共同研究から得られた1万以上の生体指標データをもとに、機械学習により「好ましさ」「読みやすさ」の予測AIモデルを作成。特に「好ましさ」モデルは、現時点での予測精度(正答率)が80%に近いモデルとなります。今後も精度向上のためデータを蓄積するとともに、新たな広告評価モデルの開発に取り組むなど、積極的なAIの活用を予定しています。
③分析だけではなく、クリエイティブ制作まで
分析業務だけではなく、共同研究から得た成果と、凸版印刷が持つ「見せる」「読ませる」などユニバーサルデザインの制作ノウハウを活かしたクリエイティブの改善も提案が可能です。
トッパン有識者コメント
脳計測をはじめとした生体計測の技術が一般にも扱いやすくなってきた印象がありますが、まだ発展途上の技術だととらえています。
ニューロデザイン®プロジェクトでは、テクノロジーに偏重しないよう、倫理等の課題意識も持ちながら、ユーザー目線のサービス開発を心がけています。
今後は2023年10月を目指し、ニューロデザイン®評価サービスのAI化を予定しています。
認知神経科学(脳科学)および機械学習の知見をかけあわせたAI活用の先端に取り組んでいます。
■編集者