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デジタルツインが生み出す未来の社会

デジタルツインとは

 デジタルツインとは、現実空間を双子(ツイン)のようにデジタル空間に再現する技術です。再現されたデジタル空間には、建物や地形などの3次元空間情報をベースに、人の行動や自動車の走行経路、気象情報など、利用用途に合わせて最適な情報が付加されます。現実空間とデジタル空間は更新頻度の差はありますが、基本的にはリアルタイムに更新され続け、現実空間を再現し続けます。

 「デジタル空間に建物や地形を再現する」と聞くと、メタバースを思い浮かべる方もいると思います。両者の違いについては以下の表になります。

デジタルツインとメタバースの比較

 現実空間では目に見えない情報も、デジタル空間では可視化できるため、温度や湿度、騒音などのセンサーデータをデジタル空間にマッピングし、俯瞰的に見ることが可能となります。また、デジタル化により現実空間の変わり続ける情報を記録することで、人流の変化や気候変動など時系列で情報を可視化することも可能となります。

 デジタルツインが実現する最大のメリットは、リアルタイムに収集されるデータを使ってシミュレーションをし、少し先の未来を予測できることです。予測されたシミュレーション結果は現実空間へフィードバックされ、未然の事故防止や現状の改善に活かされます。従来のシミュレーションは、前もって定めた条件・環境の上で、対象の挙動を予測するのに対し、デジタルツインにおけるシミュレーションは、逐次変わり続ける条件・環境を入力として、リアルタイムに挙動を予測し続けることが大きな違いとなっています。

要素技術

3次元デジタライズ

 現実空間の物理的なモノをデジタル空間に再現するためには、3次元モデルデータへの変換が必要となります。この技術を3次元デジタライズ技術といい、レーザー計測などの3次元スキャンや、複数枚の写真から3次元形状を作り出すフォトグラメトリがよく利用されます。製造分野や建築分野ではCADが普及しているため、直接CADデータをシミュレーションに適合したフォーマットに変換し、利用する場面も増えてきています。また、高度なシミュレーションを実現するためには、3次元モデルに属性情報(名称や材質など)を付与されたセマンティックモデルが必要になります。

IoT(Internet of Things)

 IoTとは、モノがインターネット経由で通信していることを意味します。デジタルツインの文脈では、モノに装着されたセンサーやアクチュエーターをネットワークに接続し、相互に通信することで、現実空間の環境状態をデジタル化する技術として利用されます。デジタルツイン上で作り上げられたモデルとIoTデバイスを結びつけることで、リアルタイムに得られる情報を即時にシミュレーションへ活用することができます。

5G通信

 デジタルツインと5Gは、互いに相乗効果を生み出すことが期待されています。デジタルツインを実現するためには、大量のセンサーデータをリアルタイムに送り続ける必要があります。5Gの多数同時接続かつ超低遅延な通信は、膨大な数のIoTデバイスとの通信を実現し、リアルタイムな情報収集や制御を支援します。

AI(Artificial Intelligence)

 AIを活用することで収集された大量のデータから、傾向やパターンを特定し、予測分析を行うことができます。さらに、リアルタイムに収集される情報から学習を繰り返すことで、予測精度を高めることも可能となります。デジタルツインの要であるシミュレーションは、AI技術により高度な予測や最適化が可能となり、新たな価値を生み出しました。

XR(Extended Reality)

 XRはデジタル空間を可視化する技術であり、主にVR(Virtual Reality)、AR(Augmented Reality)、MR(Mixed Reality)を指します。デジタル空間を直感的に理解することが可能となり、シミュレーション結果の検証に活用されます。特に、ARは現実空間にデジタル空間を重畳して表示することができるので、デジタルツインとの相乗効果が期待されています。

活用事例

 デジタルツインという概念は、2002年に米国の研究者マイケル・グリーブス (Michael Grieves) によって提唱されました。製造業における製品ライフサイクル管理から発展したデジタルツインは、現在では都市開発やモビリティにも活用されています。

製造業
 製造ラインのセンサーデータをリアルタイムに収集し、シミュレーションをすることで、異常や事故の発生を予測し、事前に対応することができます。工場のデジタルツインを活用して、生産プロセスを最適化し、生産ライン上での品質管理を改善、生産効率を向上させることも可能となります。

都市開発
 都市のインフラや人流、環境に関する情報をリアルタイムに収集し、分析することで、より効率的な都市運営や災害時の迅速な対応が可能になります。交通システムや電力供給システムを適切に予測・管理することで、交通渋滞や電力不足も防止することができます。

モビリティ
 自動車のデジタルツインを構築することにより、リアルタイムで車体の状態をモニタリングし、メンテナンスや修理が必要な場合には早期に対処することができます。また、自動運転車には多数のセンサーが搭載されており、それらの情報を収集して分析することで、自動運転に必要な判断や制御を行うことができます。

デジタルツインへの期待

 デジタルツインには、様々な分野での革新的な課題解決や効率化が期待されています。現在活用が進んでいる製造業や都市開発では、予測精度や情報密度が向上し、さらなる先の未来を予測できるシステムとして進化していくでしょう。さらに、医療分野における病気の早期発見や治療の効率化、食品業界における生産の最適化や食品の品質管理、エネルギー業界におけるエネルギーの効率化や再生可能エネルギーの開発などにも応用が進むことが期待されます。デジタルツインの進展により、様々な業界や分野がより密接につながり、より高度なデータ解析や意思決定が可能となり、社会全体の効率化や価値創造が期待されています。

未来像

 デジタルツインは産業分野での活用が進んでいますが、今後は生活者の利便性や安全性に直接貢献するサービスが増加していくのではないでしょうか。生活者は様々な産業分野のサービスを横断しながら、日々の暮らしを送っています。生活者に根差したデジタルツインとは、各産業分野のデジタルツインが連携し、多角的な分析を行いながら、最適なサービスが提供できる状態と考えます。

  • 自家用車に故障が予測された時、自動で修理工場へ通知され、必要な部品を最短で入手します。オーナーが自動車を使わない平日に、無人自動運転で修理工場まで移動し修理を受け、週末までにガレージに戻ってくる未来が考えられるでしょう。この未来を実現するためには自動車(故障予測)、サプライチェーン(ルート最適化)、交通インフラ(自動運転)のデジタルツインが連携している必要があるでしょう。

  • 健康に気をつかう生活者の身体状態をリアルタイムにモニタリングし、生活者自身のデジタルツインでは健康維持に必要となる栄養素を予測します。その予測をもとに食品工場では、個人に合わせた食事が自動で調理され、無人配送者で届けられるサービスが登場するかもしれません。人(病気の予測)、食品工場(工程最適化)、交通インフラ(自動運転)のデジタルツインが連携できれば、実現も可能となるでしょう。

 このような生活者へ価値を生み出す産業分野を超えたデジタルツイン連携を実現するためには、以下のような課題があります。

相互運用性
 相互運用性を実現するためには、デジタルツインの標準化やデータの共有方法、プラットフォームの統合など、様々な課題があります。また、異なる業界のデジタルツインを統合する場合には、それぞれの業界の知識やデータモデルの違いを考慮する必要があります。

プライバシー保護
 個人の行動や生活習慣をデジタルツインとして再現することにより、健康管理やライフスタイルの改善に役立つ一方で、プライバシーの侵害や個人情報漏洩のリスクが高まります。情報の適切な取り扱いについて、法的規制やガバナンスの整備が必要であることも課題です。

トッパンの取り組み

 トッパンでは、DX(デジタルトランスフォーメーション)事業の拡大、および新規事業の創出を目的とし、試作・実験の拠点「TOPPAN DIGITAL SANDBOX®」(読み:トッパンデジタルサンドボックス、以下DIGITAL SANDBOX)を2021年に開設しました。社員が最新のデジタルテクノロジーに触れながら、バックキャスティングとフォアキャスティング、双方の視点をもって新しい価値を創造し、新規事業のタネをつくる場として機能しています。

「TOPPAN DIGITAL SANDBOX® AKIHABARA」
© TOPPAN INC.

 そのDIGITAL SANDBOXでデジタルツインの可能性を探求したプロトタイプを開発しました。デジタルツインではデジタル空間上に表示されたシミュレーション結果を検証するためにHMD(Head Mounted Display)がよく使われます。HMDを通してデジタル空間にアクセスすることで、直感的な情報理解が可能となるのですが、同時に以下のデメリットが発生します。

HMDを装着した人しか見ることができない。
 多くの人が参加し議論を活性化させるためには、情報へのアクセスをスムーズに行えることが望ましいでしょう。

初見では操作が難しい。
 HMDを初めて装着した人には、移動ですら慣れるまでに時間がかかります。誰でも直感的に理解できる操作は、より高い効率性を生み出すでしょう。

 そこでDIGITAL SANDBOXでは、ジオラマをインターフェースにしたデジタルツインを考案し、仮設検証を行いました。

ジオラマインターフェース
© TOPPAN INC.

 ジオラマはデジタル空間を物質化したものとして存在し、デジタル空間で歩き回る人物もジオラマ上の小型ロボットで同期されています。現実空間を縮尺したジオラマなので、多くの人が卓上を囲んで議論することが可能となりました。また、ジオラマ上のロボットは、デジタル空間のカメラとしても機能します。見たい方向にロボットを向ける直感的なインターフェースによって誰でも操作することが可能となりました。

ジオラマインターフェースコンセプト

 DIGITAL SANDBOXでは、プロトタイプは未来の社会を実現する重要な一歩であると考えています。プロトタイプを囲みながら、多くの方々と議論し、フィードバックを汲みながら理想の未来像を作り上げていき、新たな価値を社会に提供し続けていきます。

トッパン有識者コメント

田中洵介
DXデザイン事業部 技術戦略センター
情報技術研究本部 企画室 室長

 近い将来、私達を取り巻く世界は、デジタルが益々浸透し、デジタルを内包した拡張現実空間自体を「新たな現実世界」として捉え直し、人々は思考と身体を適応させながら暮らしていくことになると思います。今まで不可能だったことや想像に過ぎなかったことが可能となり、人々はワクワクする世界を実現する選択肢を数多く手にすることでしょう。

 しかしながら、そのときにあらためて私達が気づくであろうことは、現実世界を豊かにするデジタルの可能性と、リアルの世界における人々、文明、生き物や自然が紡ぎ出す豊かさであるはずです。人々が火を知って数十~百数十万年、木の家を作り始めて約三万年、市民がコンピューターとインターネットに触れ始めてまだ三十年未満と言われる時間軸に思いを巡らせたとき、私達は、デジタルとリアルが出会ったばかりのほんの始まり、歴史の中の最初の大きな変化点に生きていると言えるはずです。

 そのような時代にあって、私達が変化の激しい世界をより正しく理解し、想像の翼を羽ばたかせて豊かな生活を過ごすための一助となる可能性を秘めるのが、デジタルとリアルを繋ぐインターフェースだと私は考えます。
今後、形は変化していくでしょうが、DIGITAL SANDBOXメンバーがプロトタイピングを通じて開発した感覚的操作を可能とする「ジオラマ型デジタルツインのインターフェース」は、子どもやお年寄り、言語やコンテキストなどの文化的背景を超えて、多様な人々を繋ぐことが出来る大きな可能性を秘めたインターフェースだと確信しています。
 遊びの要素も持ちつつ、相互に語り合いながらコミュニケーションが取れる、このようなインターフェースは、1人称や3人称の視点、ミクロ・マクロの多様な視点提供に留まらず、人々の意思決定の量や質の向上に貢献できる可能性を持ち合わせていると思います。

 私達は印刷事業を起点に、時間と空間を超えて様々な人々の想いを届けるインターフェースとして社会に携わってまいりました。印刷を通じて繋いできた役割を担いつつ、次代に求められるインターフェースとは何なのか。ときにコミカルで愛嬌のあるジオラマ型デジタルツインのインターフェースは、この問いを私達に考え続けさせてくれます。
 ワクワクする未来と、後世に責任をもって残していける未来、この両立を考え続けていくために、デジタルツインとそれを身近な存在にするインターフェースはきっと私達の役に立つはずです。


■編集者

伊藤貴則
DXデザイン事業部 技術戦略センター
情報技術研究本部 企画室 課長


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