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クリエイターとTOPPANが次世代の印刷表現を探る!グラフィックトライアル見学レポート

※本記事で紹介するグラフィックトライアル2024は、7月7日に会期を終了しております。

こんにちは。TOPPANデジタル、デザイナーの中森です。
TOPPANが運営している印刷博物館P&Pギャラリーでは、印刷・グラフィックに関する面白いイベントがたくさん開催されています。その中でも特に目玉のひとつなのが、第一線で活躍するクリエイターとTOPPANグループが協力し、新しい印刷表現を探る「グラフィックトライアル」です。

私たちTOPPANデジタルのデザイナーは、デジタルプロダクトの開発をメインで行っていますが、それだけではなく、プロダクトを世の中に知ってもらうためのイベント出展、チラシ、ポスターなど、グラフィックデザインの企画・制作も行っています。グラフィックトライアルは、これらの業務に活かす引き出しを増やすチャンスだと思い、デザイナー全員前のめりで(笑)、見学の機会を作ってもらいました。
また、「今までの常識にとらわれない新しい印刷表現」というコンセプトは、「デジタルの力で会社や世の中を変革していく」というTOPPANデジタルのミッションと通ずるものがあり、アイディアを生み出すヒントが得られるかもしれない!という期待とワクワクも大きかったです。

今回は、TOPPAN GAC部 久保田さんの解説付きで見学することができたので、ちょっとした裏話も交えながら、感想レポートをお送りしたいと思います!


グラフィックトライアルとは?

グラフィックトライアルは、今年が18回目の開催。毎年、第一線で活躍しているクリエイターをお迎えし、ポスターの制作を通じて次世代の新しい印刷表現を探っていきます。
本展では、予算がある通常の案件ではできない贅沢な印刷や、実験的な印刷・加工にもチャレンジすることができます。印刷好きのデザイナーからすると、なんとも羨ましく、想像するだけでワクワクが止まりません…!
このような背景から、作品にはクリエイターとTOPPANのこだわり・技術力がたっぷり詰まっており、そのクオリティの高さから、国内外で賞を取るものも多いそうです。

第18回目となる今回のテーマは「あそび」。
多様性や個性が尊重される現代らしく、縛られない、決めすぎない、自由な「あそび」の心から生まれたクリエイティブがたくさん展示されていました。展示場のパネルも積み木がモチーフになっていて、空間全体で「あそび」が表現されています。

四角い積み木で作られたテーブルと、赤・青・黄・黒の三角の積み木を模した展示パネル

それでは早速、私たちが覗いたクリエイターたちの「あそび」をご紹介したいと思います!

1. 津田淳子氏 / 大島依提亜氏
オフセット印刷でどこまでできる?印刷表現をとことん楽しむ

会場に入ってすぐ目に入ってくるのは、両面印刷の大きなポスターと、色鮮やかな蛍光色の印刷物。
グラフィックデザインに携わるデザイナーなら誰もが知っているであろう、『デザインのひきだし』編集長の津田淳子氏と、映画『ミッドサマー』『万引き家族』など有名な映画ポスターを手掛けたグラフィックデザイナー、大島依提亜氏による共同制作です。

 2人のあそびのテーマは「オフセットでスクリーン印刷」。
オフセット印刷というのは、水と油の反発作用を用いた印刷方法。版に着いたインキをブランケットと呼ばれる薄いゴム版に転写してから紙に印刷します。写真やグラデーションを綺麗に表現でき、一度にたくさん刷ることができる反面、インクの厚みが薄いため、紙の下地の色が透けやすかったり耐候性に弱いなどの特徴があります。
スクリーン印刷は、マヨネーズのような粘度の高いインクをメッシュ状の幕(スクリーン)に乗せ、穴からインクを押し出すことで紙に直接インクを乗せる印刷方法。インクに厚みが出るので、下地が透けにくく発色が鮮やかで、ガラスや布などにも印刷することができます。
少し専門的な話になってしまいましたが、注目したいのはインクの濃さの違い。オフセット印刷が水彩絵の具で、スクリーン印刷がペンキ。というと、それぞれの特徴をイメージしやすいでしょうか?
前置きが長くなりましたが、「オフセットでスクリーン印刷」というのはつまり、「水彩絵の具でペンキみたいな仕上がりにできるか試してみよう!」というあそびです😊(面白い!)
たとえば↓こちらのポスターを見てみましょう。

一番右のポスターは紙の色がくすんだ水色なので、通常通りのオフセット印刷をすると下地が透けて見え、蛍光ピンク・イエローはもっと沈んだ色になるはずです。そこでまず白のインクを複数回印刷し、下地の色を消した上に色を乗せることで、蛍光ピンク・イエローを鮮やかに発色させています。(ファンデーションでお肌のくすみを消すイメージが近いかもしれません💄)
右から3番目のグリーンのポスターは、実は蛍光ピンクの色紙です。このような濃い色の紙の場合は、アルミ粉が入ったシルバーのインキを使って下地の隠ぺい力を上げ、その上から白を数回刷った上に色インキを乗せると鮮やかな色に発色するそうです。ピンクとは反対色のグリーンもきれいに刷られています。
これらは「あそび」のほんの一部で、実際は「油性インキ」や「UVインキ(ジェルネイルのように、紫外線を当てると乾く)」という特殊なインクを使ったり、紙の質感や色にあわせて白を使うか、シルバーも使うか変えてみたり、いちばんキレイにシルクスクリーンのように発色する印刷方法はどれか?と、何十パターンも試したものが展示されていました。
間近で見ると、どこが元の紙の色でどこが印刷なのかわからないものばかりで、本当に素晴らしかったです。事業会社で働く私たちのようなデザイナーからすると、特殊なインクを使ったり何度も重ねたりする印刷は、予算やスケジュールががよっぽど潤沢な案件でないと叶わないので、いつか一度でいいから、こんなデザイン&印刷やってみたいなぁ…!と、気持ちが昂ぶりました💪

2.生島大輔氏 もけもけが可愛い!フロッキー加工が印刷に命を吹き込む

TOPPANのクリエイティブディレクター生島さんの「あそび」は、毛羽(パイル)を植え込むことで不思議な世界観を表現する、フロッキー印刷。紙などに糊などを塗布して、静電気を利用してパイルを植え込む印刷手法です。
紙以外にもプラスチック、金属などにも植え込むことができ、電圧の強弱によってパイルの密度や生え方にも変化をつけることができるんだとか。シルバニアファミリーのお人形の毛も、このフロッキー加工で作られているそうですよ。(知らなかった!)

壁に展示されている作品は矢印を擬人化していて、それぞれ人の感情の浮き沈みを表現しています。ふいに何かにつまずいて転がる様子、気持ちが沈んで落下する気持ち、困惑が極まってしまった気持ち、首を吊ってしまいたいような気持ち、お詫びをしながら強かに前進する様子など…。思いを込めたドローイングと心に宿るカビのような表現に魅力があります。

実は、最初にこの壁の矢印を見た時、私は「あそびの中では、少しダークな印象だなぁ」と思いました。でも、近付いてパイルが埋め込まれている矢印を見ていると、だんだん可愛い生き物のように見えてきて…。毛が長い、短い、ばらついてる、そろっている…。毛の特徴によって矢印の性格まで違って見えるし、最初に感じたダークな印象は、いつのまにかどこかへ行っていました。
どんな印刷手法を選ぶかによって、与える印象をこんなにも変えることができるんだなと、身を持って感じることができて、とてもおもしろかったし、勉強になりました。

3. 日比野克彦氏 VRで描いた作品を具現化!新しい印刷のありかた

アーティストであり、東京藝術大学学長でもある日比野克彦氏の「あそび」は、現実には存在しない作品を印刷で具現化させるというものです。

この手前のポスターは、日比野さんがメタバース空間の中で描いた絵を印刷したものです。絵を描いた場所はフランスの修道院。8m × 10mの部屋の対面する壁には、オディロン・ルドンが描いた「昼」「夜」という対になる作品タイトルの壁面があります。日比野さんはこの2つの作品の間、つまり天井に、昼と夜をつなぐ絵を描きました。VRゴーグルヘッドを装着し、天井を見上げ、左右の「昼」「夜」を交互に見ながら空中に筆を走らせる。リアルとバーチャルの境目が次第に融けはじめ、日比野さん自身も次第にルドンとシンクロしはじめる……。
このようにして、メタバース空間の中で日比野さんは確かに絵を書き上げていきますが、ヘッドを外すとそこにあったはずの絵はモノとして存在しません。それは一体、どんな感覚なのでしょうか。夢から目が覚めるような感覚なのでしょうか。とても興味深いです。

通常、由緒ある修道院の中に画材を持ち込むことは許されませんし、天井に絵を描こうと思うと絵の具が垂れてきてしまいます。そもそも、既存の壁画に新しい絵を追加すること自体が、なかなか許されることではないでしょう。その点でVRは、不可能を可能にしてくれる、まるで「新しい画材」 のようだなと思いました。

ポスターを天井から吊って展示しているのにも理由があります。
当初は壁に貼って展示する予定でいたのですが、印刷物を見た日比野さんは、「これは自分が描いた絵ではない」と感じたそうです。空中、つまり3次元空間で描いたものが2次元(平面のポスター)で出力されると、全く別のものだと感じてしまう。そこで、描いた時と同じように空中に浮かべ、より立体感を表現するために、裏面にも反転した絵が印刷されています。さらに、壁に少しくすんで反射するミラーを設置することで、より裏面の存在感を引き立てる工夫がされています。

これは、VRで描いた絵を引き伸ばして印刷したものです。
VRで描いた絵のデータは、そこまで解像度が高くない(描いている途中の遅延など、現在のVR技術に限界がある)ため、紙に印刷しようと思うと不自然な筆跡や、機械的なギザギザが目立ってしまいます。これを、ベテランのデザイナーとPhotoshopのプロフェッショナルが、二人三脚で加工して違和感をなくしているそうです。もちろんすべて手作業。金属のバリ取りのように時間をかけて行う、まさに職人技ですね…!
今回の「あそび」の中で、最も先端の技術を使って作られた作品ですが、印刷する際には人の手をかなりかけてリアルに近付けていくというアナログさも、面白いなと思いました。

4. 岡崎智弘氏
ポスターをアニメーションにして、印刷の観察方法をデザインする

NHKの『デザインあ 解散!/集合!』など、コマ撮りアニメーションの表現が得意な岡崎智弘氏。今回の「あそび」でも、ポスターをレコードのような「記録媒体」と捉え、ポスターを撮影、再生することでアニメーションを作っています。どういうこと?と思った方、下の写真を見てください。

この大きなポスター、よく見るとグリッド状に区切られていて、その中には色々な模様が印刷されています。近付いて見るとこんな感じです。

ポスターはこれで完成ではありません。印刷が終わったら、グリッドの中に印刷されている模様をひとつずつ撮影し、アニメーション動画として繋げていきます。ただのポスター作品ではなく、これらひとつひとつがすべて動画の1コマとして使われているんですね。おもしろい…!
例えば、ニスを厚盛りすることでツヤのあるふくらみや水滴のような表現をする「ツヤ盛り加工」。1〜15段階のツヤ盛りをポスターで作成し、それを一つずつ撮影してつなげることで、だんだん盛り上がっていく動く液体のようなアニメーションを作成しています。

ポスターに印刷されている図形は、虫眼鏡が用意されているくらい小さく、正直、虫眼鏡でもよく見えないものもありました。これに関しては、印刷技術の高さが存分に発揮されているなと思います。
加工が施されたポスターの印刷工程はまるで失敗が許されないバトンリレーのようで、まずベースとなる基本の印刷があり、刷り上がった物を持ってスクリーン印刷の工場に行き、箔押し加工の工場に行き、インクジェット印刷の工場に行き…と、かなりの時間と労力がかかっているそうです。
トンボの位置合わせが少しずれただけでも、最初の工程から刷り直しになるという裏話を聞いている間、デザイナーとしては胃がキリキリして仕方ありませんでした(笑)

企画展を通して

私は今回の展示を見て、「印刷は白い紙に平面で刷るもの」「VRはバーチャルな世界で完結するもの」「ポスターは"見る"もの」などの固定観念を無意識の中で持ち、自分の企画や制作に制限をかけていたかもしれない。と思いました。もちろん実務では予算やスケジュールの考慮があり、ある程度の制限は当たり前なのですが、「いつも通り」「セオリー通り」という考え方から少し抜け出して「あそぶ」気持ちを持ち、新たな表現方法を見出すことも、制作においてとても大切なことだと思います。それがユーザーへのより良い価値提供に繋がっていくのは、グラフィックでもデジタルでも、共通だなと感じます。
また、TOPPANデジタルに所属する私たちにとって身近なVRに関しては、仮想空間で完結するという特徴とは真逆の現実世界の「モノ」に昇華する、という発想が目からウロコでした。VRを使ったサービス提供の際、ひとつのユーザーニーズとして深堀りしてみたいと思います。

今回、解説をしてくださった久保田さんは、TOPPAN社内でグラフィックトライアルの企画、企業のデザインコンサルを行うだけでなく、美術系大学の先生や、色々な賞の審査員など、社外でも大変活躍されています。ご経験に基づいた深く、広い知見はデザイナーとしても、TOPPAN社員としても、大変学びのあるものでした。この場を借りて、お礼申し上げます。

この記事を読んでグラフィックトライアルに興味を持っていただけた方はぜひ、来年の展示にお越しいただけると幸いです!

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